遺産分割の特殊事例【行政書士執筆】
相続人の全員が集まって開催する遺産分割協議では、様々な特殊なケースが発生します。特殊なケースといっても、実際にはよく起こることです。それは「誰が」相続人になるのかということ、「何が」相続財産に含まれるのかということが大きく関係してきます。
この記事では、そのような「人」と「財産」についての特殊な事例についてご紹介していきます。
目次
相続人全員が集まれない場合
遺産分割協議には相続人全員が参加する必要があります。これは代襲相続人や認知を受けた者、未成年者の特別代理人、成年後見人なども参加しなければならないことを意味します。そして、遺産分割協議で決定する事項は多数決ではなく参加者全員の合意のもとで行います。すなわち、遺産分割協議で決定される事項は相続人全員の意思の合致が必要になるのです。
このように、遺産分割協議をする際に相続人全員が一堂に会して行うことでスムーズな遺産分割協議書の作成が可能ですが、相続人の事情や社会的状況など様々な理由によって集まることが出来ない場合があります。その際にはメールや郵便、FAXなど証拠に残る形で事前に内容についてすり合わせることが推奨されます。
また最近では、パソコンやスマートフォンなどを用いたテレビ電話なども録画ができるので、そのような方法を使うことも考えられます。そして事前のすり合わせが完了したら遺産分割協議書案を作成して郵送し、問題がないようであれば正式な遺産分割協議書を作成して押印などを行う必要があります。
遺産分割協議書は相続人全員分を作成し全てに押印が必要になります。このため、郵送で行う場合にはかなりの時間や労力がかかってしまいます。ちなみに、この押印は実印で行わなければならないため、事前に自治体に対して印鑑登録をしておかなければなりません。
ただ、実際にはテレビ電話などで遺産分割協議を行うことはあまりありません。これは、遺産分割協議という重要な場面では対面で話すことによって、より深いコミュニケーションが取れるためです。病院から出られない相続人がいる場合などのケースでは、病院の中で遺産分割協議を行う事例もあります。
相続人の中に未成年者がいる場合
未成年者が相続人として単独で遺産分割協議に参加し、遺産分割協議書に署名押印をすることはできません。
この場合には必ず法定代理人が代わりに行わなければなりません。法定代理人は通常であれば未成年者の親などが考えられますが、遺産分割協議の場合には親も相続人であることがよくあります。その場合には未成年者と親との間で利害関係がありますので、相続人である親は未成年者の法定代理人になることが出来ません。
親権者である父又は母が、その子との間でお互いに利益が相反する行為(これを「利益相反行為」といいます)をするには、子のために「特別代理人」を選任することを家庭裁判所に請求しなければならないのです。また、同一の親権に服する子の間で利益が相反する行為や、未成年後見人と未成年者の間の利益相反行為についても同様です。すなわち、親などの未成年者の代理人が、未成年者のために判断することが心理的に難しいと考えられる場合には、家庭裁判者の選任する「特別代理人」が未成年者を代理することになります。
この特別代理人を選任しなければいけないケースは法律で定められています。そして遺産分割協議についても法律に定めがありますので、このような場面では、家庭裁判所に「特別代理人」の選任を申し立て、選任された特別代理人が未成年者の代理人として遺産分割協議に加わります。家庭裁判所に対して申し立てを行えるものは、親権者と利害関係人です。提出書類は申立書や戸籍謄本のほかに、特別代理人の候補者の住民票などがあります。
相続人の中に認知症の方がいる場合
認知症の方が相続人の場合には、その代理人として成年後見人が遺産分割協議に参加することが求められます。認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力の不十分な方々は、不動産や預貯金などの財産を管理したり、身のまわりの世話のために介護などのサービスや施設への入所に関する契約を結んだり、遺産分割の協議をしたりする必要があっても、自分でこれらのことをするのが難しい場合があります。
また、自分に不利益な契約であってもよく判断ができずに契約を結んでしまい、悪徳商法の被害に遭う恐れもあります。このような判断能力の不十分な方々を保護し、支援するのが成年後見制度です。
成年後見制度を利用するためには、配偶者や四親等内の親族などの申し立てによって本人の所在地を管轄とする家庭裁判所が行います。申請書類には申立書や戸籍謄本などのほかに、認知症であることがわかる診断書などが必要になります。既に家庭裁判所により後見開始の審判を受けている場合はもちろん、まだ受けていない場合には遺産分割協議をする前に家庭裁判所に後見開始の審判の申立てをして、成年後見人を代理人としてその後の手続きを行うことで、事前にトラブルを防ぐことが出来ます。
成年後見人には親族のほか、弁護士や司法書士などの専門家が就任することが増えてきています。遺産分割協議に参加する相続人である成年後見人は、その場合に限って代理人となることはできないので注意が必要です。
相続人の中に海外在住の方がいる場合
海外に在住している相続人が日本の住民票を抹消して海外に在住している場合には、印鑑登録及び印鑑証明書の取得ができないので、海外にある在外公館で「サイン証明書」を取得する必要があります。
せっかく帰国したのにサイン証明書の取得をしていないともう一度サイン証明書を取得してこなければならなくなりますので注意が必要です。また、相続人が集まれない場合には、「相続人全員が集まれない場合」で紹介した方法で行います。この場合にも実印と印鑑証明書またはサインとサイン証明書のどちらかの方法を用います。
海外にいるけれど住所は日本のままであるという場合には、住所のある自治体に印鑑を登録することが可能ですので、サインとサイン証明書ではなく実印と印鑑証明書を利用しましょう。
遺産分割協議書後に新たな財産が見つかった場合
無事に遺産分割協議書を作成して相続手続きが全て完了した後に新たな相続財産が見つかることは相続の場面では少なくありません。
この場合に再度、遺産分割協議を行い遺産分割協議書の作成をすることはかなりの労力になってしまいます。そのため、事前にこのことを予測した文言を遺産分割協議書に規定しておくと良いでしょう。
具体的には「新たな相続財産が見つかった場合には、相続人Aが全て相続する」などの規定が考えられます。もちろん、再び遺産分割協議を行うことを規定することも可能です。なお、この後の「相続財産に多額の借金がある場合」で詳しく解説しますが、相続放棄をした後にプラスの相続財産が見つかった場合でも、相続放棄を撤回し取り消すことはできないので、その場合には新たな相続財産を相続することはできません。
相続財産に多額の借金がある場合
被相続人が生前に借金を負っていた場合、借金も相続財産に含まれます。つまり借金も遺産分割の対象となり、遺産分割によって被相続人の残した借金を返す義務を相続するということを意味します。
しかし、遺産分割によって借金を他の相続人が相続したとしても、借金の債権者にはその効力は通用しないので、請求をされた場合、他の相続人は借金を弁済する必要があります。借金などのマイナスの財産ばかりが見つかった場合に相続人が借金を負うことは避けたいことです。その場合には「相続放棄」という方法があります。
相続放棄のメリットは、借金などマイナスの財産を相続しなくて良いことです。プラスの財産をもらうことができないものの、思わぬ借金を背負うことになることは一切ありません。相続放棄には熟慮期間というものが存在し、相続人となることが分かってから3ヵ月以内に行わなければなりません。相続放棄の手続きは被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行います。相続人の所在地を管轄とする家庭裁判所ではないことに注意が必要です。
また、遺産分割協議書の作成後に多額の借金があることが判明した場合には、借金の存在を知った時から3ヵ月以内であれば「相続放棄」をすることができる可能性があるので専門家に確認してみましょう。なお、これとは逆に相続放棄をした後に預貯金や不動産などのプラスの相続財産が見つかった場合には、相続放棄の撤回や取消しをすることはできません。
もっとも、実際にはプラスの財産があるにもかかわらず、他の相続人に「相続財産は借金ばかりだから相続放棄したほうがいい」といったように騙されて意思表示を行った場合には、相続放棄の撤回が認められるケースもあります。ただ、裁判所は相続放棄の撤回について厳しい判断をするケースが多いので気を付けなければなりません。
代償分割が必要な場合
共同相続人のうち、一部の者が相続財産を取得し、代わりに金銭などを支払うという分割方法を代償分割といいます。代償分割は不動産の相続の場面で使われることが多いようです。この方法を使うと不動産を共有する場合と比べて、不動産を相続した後の管理や売却がしやすくなるというメリットがあります。
代償分割をした場合には、遺産分割協議書にその旨を記載しないと、相続財産の代わりとして支払った金銭に贈与税が課せられてしまう可能性があるので注意が必要です。実務上では、不動産についてだけではなく金融資産などについても代償分割が行われることも増えてきているようです。
例えば、3人の同じ相続分を有する相続人A、B、Cがいて、相続財産が預貯金600万円だった場合があるとします。この場合にA、B、Cの口座に200万円ずつ振り込むという遺産分割をすると、銀行での相続手続きの際に3人が手続きを行わなければならなくなり、印鑑証明書などの必要書類も3人分が必要になります。これを代償分割の方法で行うと、Aが600万円を相続し、その後B、Cに対して200万円ずつ譲渡するということになります。この場合の銀行での手続きはAのみが行うことになり、印鑑証明書などの必要書類も1人分で足ります。
このように金融資産の場合にも代償分割の方が、手続きが楽になる場合があることから、最近ではよく使われています。
遺産分割協議書の作成を専門家に依頼する
ここまで見てきた通り、遺産分割協議書は相続手続きを行う上で非常に重要です。また、その作成をスムーズに行えるかどうかが、相続手続きをスムーズに行えるかに直結し、後々のトラブル回避に繋がります。
遺産分割協議書を作成する際に集まる時間を割けない場合、必要な書類を集められない場合などには相続手続きに多くの時間と労力をかけてしまいます。また、相続に関する正確な法律知識を有しており、中立的な立場に立てる者が遺産分割協議にいない場合、可能なはずの権利主張などが出来ずにトラブルに繋がるということはよく起きてしまします。
これらの場合には「行政書士」や「司法書士」といった専門家に依頼することで、スムーズで正確な遺産分割協議書の作成・相続手続きを行うことが出来ます。これらの専門家は相続手続きに関する正確な法律知識を有しているだけでなく、通常ではあまり経験をしない遺産分割協議書の作成の経験値が高いことから、相続人間のトラブルを回避することが出来ます。専門家に依頼する費用は相続財産の総額によって異なり、相続財産が1,000万円未満であれば5〜10万円程度となっています。被相続人の望まないトラブルを避けるためにも、「行政書士」や「司法書士」といった専門家に依頼すると良いでしょう。
まとめ
ここまで遺産分割に関する特殊事例についてご紹介してきました。しかし、ここでご紹介した事例はごく一部です。実際に遺産分割を行う際には多くの不明点や問題点が出てくるかと思います。そのような場合には強引に相続手続きを進めずに、相続人や親族の間での対話を大事にしましょう。相続人が多数いる場合や年配者が多い場合には、遺産分割協議を行うために集めることも難しいかと思いますので、無効な協議とならないように気をつけましょう。わからないことがあれば、専門家や自治体の職員に頼ることも良い選択だと思います。
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この記事を書いた人
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