自筆証書遺言の書き方は?2020年法改正のポイントから5つのトラブル例まで完全解説【行政書士監修】
相続の基本的なルールは民法で規定されています。この民法の相続に関連する部分の法律は「相続法」と呼ばれています。
2019年には「相続法」の約40年ぶりの法改正によって、自筆証書遺言の作り方が容易になりました。この記事では、自筆証書遺言の書き方や、2019年の法改正で変わったポイントについての説明、自筆証書遺言を作成する際によくあるトラブルとその対処法などについて、解説します。
目次
相続法の改正と自筆証書遺言
自筆証書遺言とは、遺言者が遺言書の本文、署名、作成日の日付のすべてを自筆して作成する遺言書のことです。2019年1月13日から財産目録についてはパソコンで作成してもOKとなり、さらに2020年7月10日からは法務局での「自筆証書遺言保管制度」がスタート。作成した自筆証書遺言を法務局で保管してもらえるようになりました。
自筆証書遺言は、公証役場の公証人の手を借りて作成する公正証書遺言や秘密証書遺言と比べて、自分で手軽に書けるというメリットがありますが、民法で定められた方式が守られていないと無効になるというリスクもあります。
相続法の改正の背景。遺産分割をめぐる相続トラブル
相続時の遺産分割をめぐるトラブルがここ最近、増えています。司法統計年報によると、全国の家庭裁判所で扱われた遺産分割事件の数は、10年前の平成15年は9,196件でしたが、平成30年には1万3,040件と、約1.4倍に増えています。
その背景として考えられるのは、日本社会の高齢化にともなって相続の発生件数が増えていること、核家族化が進んで家族のコミュニケーションが希薄になっていることなどが挙げられます。
相続にまつわるトラブルは、財産の多い少ないに限りません。前述した司法統計によれば、平成30年に調停が成立した遺産分割事件のうち、約76%が基礎控除の対象にならない5,000万円以下の案件が占めているのです。
「相続対策は、一部のお金持ちだけがやること」というのが常識だった時代はとうに終わり、「誰もが想像トラブルのリスクを抱えている」のが新時代の常識なのです。 最高裁判所 平成30年司法統計年報より
改正相続法のスケジュール表
このような社会情勢を背景に、相続法が改正されました。昭和55(1980)年から数えて、約40年ぶりの大改正です。
相続法の主な改正ポイント
- 2019年1月13日:自筆証書遺言の一部がパソコンで作れるようになった
- 2019年7月1日:遺産分割協議中でも故人の預貯金を引き出すことが可能に
- 2019年7月1日:介護などで貢献した長男の嫁など相続人以外の者も、相続人に対して寄与に応じた金銭請求ができるようになった
- 2019年7月1日:婚姻期間20年以上の夫婦の自宅の贈与が遺産分割の対象外になった
- 2020年4月1日:配偶者が自宅にそのまま住み続けることができる「配偶者居住権」が創設された
- 2020年7月10日:自筆証書遺言を法務局で預けられるようになった
これら6つの改正ポイントの中に、自筆証書遺言に関する改正が2つもおこなわれていることに注目してください。多くの人が遺言書を作成することで、遺産分割にまつわる相続トラブルを防ごうとする動きがそこに見えてきます。
財産目録は、パソコンでも作成できるようになった
自筆証書遺言は、それが本人の真意によって作成されたことを担保するため、民法では遺言の方式を厳格に定めています。中でも大変なのが「全文自筆」という原則です。
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。(民法第九百六十八条より一部抜粋)
「全財産を長男に相続させる」という簡単な内容ならいざ知らず、財産を複数の人に相続させる場合、すべてを自書(手書き)で書くのは骨の折れる作業でした。
預金であれば銀行名、支店名、預金の種類、口座番号を、不動産であれば登記所に記録されている登記事項証明書に書かれているすべての情報を、その通りに書かねばなりませんでした。
そこで、手書きをする負担の重い「財産目録」については、パソコンで作成したものも認められるようになりました(ただし、すべての用紙に署名と押印が必要)。また、登記事項証明書や通帳のコピーなども認められます。
これによって、一度作成した遺言書を書き直す必要が生じた場合、その手間が大幅に減ることになったのです。
自筆証書遺言を法務省が保管してくれる新制度
従来、自筆証書遺言は、これを保管してくれる公的機関がなかったため、遺言者本人が保管しなければなりませんでした。
そのため、あると言われていた遺言書が家中のどこを探しても見つからなかったり、遺産相続の手続きがおこなえないというトラブルもよく起こっていました。また、遺言者本人が保管していた自筆証書遺言の開封は、家庭裁判所で検認(遺言書の状態および文面の確認)の手続きをしてからでないと後の相続手続きのときに不都合が生じることがあります。そこで、2020年7月10日から、法務局の遺言書保管所で保管してくれる制度が始まります。
遺言書を作成した本人が法務局に預けるので、本人が書いたことについて疑いが生じることはありませんし、保管場所が法務局であるとわかっていれば、すぐに発見することができます。
さらに、遺言書保管所で保管されていた自筆証書遺言には、検認の手続きも必要ありません。
無効にならない自筆証書遺言5つのポイント
この法改正によって、自筆証書遺言で遺言書を作成する人は、今後、増えていくでしょう。しかし、自筆証書遺言が書きやすくなったとはいえ、「方式違反になると無効になってしまう」というリスクが全くなくなったわけではありません。
そこで以下からは、自筆証書遺言が無効にならないために注意すべき5つのポイントを解説していきます。
ポイント①/全文を自筆で書く
財産目録については、法改正によってパソコンで作成したものや、登記事項証明書や預貯金のある通帳のコピーでも認められるようになりましたが、それ以外の部分はすべて遺言者本人が自筆で書く必要があります(公正証書遺言や秘密証書遺言のように代筆は認められていません)。
遺言書に使う用紙は、便せん、原稿用紙、レポート用紙など、基本的に自由ですが、できれば長期の保存に耐えるものが望ましいでしょう。
筆記用具は、他の公的文書と同様、黒インクの万年筆やボールペンが理想です。長期間たっても消えにくいものがよいでしょう。消せるボールペンや鉛筆など、あとで改ざんされる恐れがあるものは使用を避けるべきです。
ポイント②/作成した日付を明記する
遺言は複数ある場合、一番新しいものが効力ある遺言とされます。遺言書に記された作成の年月日は、複数の遺言書が発見されたとき、どちらを優先すべきかの目安になるのです。また、遺言作成時に作成者が遺言を作成する能力があったのかを判定する資料にもなります。
年月のみで日付のない場合、または「○年○月吉日」など、あいまいに表現されている遺言書は無効になります。
ポイント③/氏名を自書する
氏名の自書(署名)が要求されるのは、遺言の作成者を明確にし、誰の遺言なのかを明らかにするためです。また、自筆で記載することによって遺言作成者本人の真意を証明する資料にもなります。
署名する氏名は戸籍上のものでなくても、本人と識別できる名前なら通称でもかまいません。署名の隣に住所を書き添える場合もありますが、これは必須事項ではなく、署名者が本人であることを強調するためです。
また、遺言書が複数枚になるときは、遺言書を綴じて契印を押します。
ポイント④/押印する
押印も、遺言書を作成したのが遺言者本人であることを示すために必要です。本人が書いたことを証明する書類ですが、実印が必要というわけではありません。印鑑は認印でも可能です。ただし、インク内蔵型の印鑑は避けましょう。
また、遺言書が複数枚になるときは、遺言書を綴じて契印を押します。
ポイント⑤/加除訂正は特定のルールに従う
遺言書作成後、財産の内容に増減があったり、考えが変わって遺産分割の方法を変えようとするときは、書き加えたり、削除するなどの訂正をおこなうことができます。
その際には訂正をした部分に訂正印を押し、欄外に「○行目の○字を訂正し、○字加入(削除)」などのように訂正の内容を記載します。この方式に則していない訂正は無効になりますが、遺言までは無効にはなりません。
ただし、自筆証書遺言の訂正は民法により厳格な方式が定められているため、一般的には複雑な訂正の場合には書き直すのがおすすめ。遺言書が必要になるのは本人の死後であり、なるべく誤解を生まない配慮をしておかないと本人の意思が正しく伝わらなくなってしまう可能性があるからです。
自筆遺言書をめぐる、よくあるトラブル例とその解決法
以上、自筆証書遺言が無効にならないために注意すべき5つのポイントを見てきましたが、ここから先は、遺言書の方式違反ではない場合に起こる、自筆遺言書をめぐるトラブル例とその解決法について、見ていくことにしましょう。
トラブル①/自筆証書遺言を検認する前に開封してしまった
遺言者本人が保管していた自筆証書遺言、および秘密証書遺言は、家庭裁判所での検認の手続きが必要です。
これは、自分に不利なことが書いてあるのではないかと思った利害関係者が、遺言書を隠匿したり、改ざんするのを防ぐために必要な手続きです。 もし、故意に検認を怠ったり、隠匿や改ざんを目的に開封したりすると、それぞれ5万円以下の科料が課されます。
もちろん、故意ではなく、検認が必要であることを知らずに開封してしまう、といったケースもあるでしょう。ただ、改ざんなどの跡がなければ、開封しても遺言書の法的効力がなくなるものではないので、速やかに家庭裁判所におこなって検認の申し立てをするべきです。
遺言者のほうでも、このようなトラブルを未然に防ぐ注意が必要です。遺言書を入れた封筒の表面には「遺言書」とか「遺言書在中」と、封筒の中身が遺言書であることを明記し、裏面に「本遺言書は、遺言者の死後、未開封のまま家庭裁判所に提出してください」などの注意書きをしておくべきでしょう。
トラブル②/あると言われていた遺言書が見つからない
遺言書は、どんな形式で作成されたものであれ、発見されなければ効力を発揮しません。
公正証書遺言や秘密証書遺言の場合、最寄りの公証役場で遺言検索システムを使って遺言書の存在を調べることができます。 また、法務局の遺言書保管所に保管されている自筆証書遺言の場合、遺言書保管事実証明書の申請をすることによって遺言書の有無を確かめることができます。
ところが、遺言者が自分で保管していた自筆証書遺言の場合、「自分は遺言書を書いた」と家族などに知らせたとしても、保管場所を知らせていなければ、それを見つけるのに大変な手間をかけねばならないことになります。自宅、あるいは病院、入所していた老人福祉施設など、あらゆる場所を候補に挙げて、しらみつぶしに探さねばならないのです。
そのようなことにならないよう、遺言書は自分で保管する場合、「遺言書を書いた」という事実だけでなく、保管場所や保管方法についても知らせておくべきでしょう。
トラブル③/遺言書が貸金庫に保管されていた
「貸金庫は、金融機関が厳重に保管してくれるはずなので安心だ」と考える人も多いかもしれませんが、実は遺言書の保管方法としてはおすすめできない選択肢です。
というのも、遺言書を貸金庫に入れておくと、いざ遺言者が亡くなったとき、その貸金庫を開けるには金融機関の所定の用紙に相続人全員の実印を押印し、印鑑証明書とともに提出しなければならないからです。
相続人全員と容易に連絡がとれて、貸金庫を開ける同意が簡単にできれば、それほど大きな問題にならないかもしれませんが、相続人の何人かが遠隔地にいたり、疎遠になっていて連絡をとるのが難しい場合、貸金庫を開けるだけでかなりの月日と手間をかけることになってしまいます。
それでも、「自宅では金庫に入れたとしても不安だ。貸金庫に保管したい」という人は、せめて自分以外の人でも貸金庫を開けられるような仕組みにしておくべきでしょう。
のこされた遺族が「相続放棄」をしたり、遺産の一部を「限定承認」する手続きは、相続の開始を知った時もしくは自分が相続人になることを知った時から3ヵ月以内に行う必要があります。また、「相続税の申告と納税」には、10ヵ月以内というタイムリミットがあります。 遺言書の開封が遅れるということは、遺族の負担とストレスという負の遺産をのこすことになってしまうでしょう。
トラブル④/ないと思っていた遺言書が遺産分割協議後に見つかった
遺産分割協議は、遺産を誰に、どのように分けるかを話し合うこと。相続人全員でおこない、1人でも不参加の場合は協議が成り立ちません。
分割協議がまとまったら、「遺産分割協議書」を作成します。協議書の作成は義務ではありませんが、後日のトラブルを避けるためにも、相続税の申告や相続財産の名義変更などをする際にも必要なので、作成することが推奨されています。
分割協議は、相続人全員が一か所に集まって話し合いをする方法や、あらかじめ書類による分割案を作成し、各相続人に郵送などで送り、内容を検討してもらって全員の合意を取る方法などがあります。
ただし、その分割協議が終わったあと、ないと思っていた遺言書が出てきたりするケースも少なからずあります。 その遺言書が、自筆証書遺言、あるいは秘密証書遺言だった場合、家庭裁判所で検認をおこない、相続人、あるいは代理人の立ち会いのもとで遺言書が開封されます。 そのとき、遺言に遺産分割協議で決まった遺産の分け方と違った分け方が指定されていた場合、あらためて協議をし直すことになります。
ちなみに、相続人全員の同意があれば、遺言に従う必要はなく、遺言の指定以外の遺産分割をすることができます。 従って、相続人が少数で、すぐに連絡がとれたり、会うことができるケースではあまり問題にならないかもしれませんが、相続人が大勢いて、連絡するのが困難な場合は思わぬ手間になります。
トラブル⑤/認知された隠し子がいたことが発覚した
婚姻関係にない相手(愛人など)の子との親子関係の認知は、遺言でおこなうことができます。
認知された子には相続人としての権利が発生し、財産を相続させることができます。その子が未成年や胎児だったとしても、認知は可能です。従って、遺言書に「○○を自分の子として認知する」と書かれていた場合、それに従って、改めて遺産分割協議をおこなって認知された子の同意を得られるように話し合いをしなければなりません。
その法的効力をなくすには、家庭裁判所に遺言書無効確認調停、あるいは遺産分割調停を申し立てたりして、遺言書のそのものが無効であることを認めてもらう必要があります。
大きな問題となるケースとしては、子の認知が家族の誰にも知らされず、遺言のみによっておこなわれることです。寝耳に水を注された家族は、大騒ぎになるでしょう。 そのようなことにならないよう、婚姻関係にない相手とのことは、認知はせずとも生前贈与などをして納得してもらうなど、生前からトラブルのタネを最小限にしておくべきです。
まとめ
約40年ぶりの法改正によって、自筆証書遺言は作成方法も格段に容易になりました。今後、自筆証書遺言で遺言書を作る人は確実に増えていくでしょう。しかし、「方式違反」が原因で遺言が無効になったり、遺言内容に不服を持つ相続人との間で遺族の人間関係が悪化したり、相続手続きがスムーズに進まないといった可能性は、大いにあり得ます。
自筆証書遺言は、自分で気軽に作成できるというメリットがありますが、このようなリスクを最小限にしてければ、専門家によるアドバイスを仰ぐことを強くお薦めします。
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