遺言書|遺したい人に遺すための書き方【行政書士執筆】
民法では、相続人の相続分を定めていますので、原則、これに従って遺産を分けることになります。この民法で定められている相続分を法定相続分といいます。例えば、「子及び配偶者(妻)が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各2分の1とする」というように定められています。被相続人(父親)の遺産が1,000万円だったとします。この場合には、子及び配偶者(妻)が500万円ずつ相続することになります。
しかし、これは、法律上決められているもので必ず守らなければならないものではありません。むしろ、被相続人としては、今までの親族との関係性やいろいろな思いにより、誰にどのような財産を相続させたいかは全く違うと思います。例えば、親孝行してくれた子供に多くの財産を遺したい場合や、遺言者の療養看護に努めてくれた相続人に対して多くの財産を遺したいといったことがあります。そこで、特定の者に財産を遺したいときは、遺言書が必要になります。
ここでは、特定の者に財産を遺す場合に必要な遺言書を、具体的事例に沿ってみていきたいと思います。
遺言書とは
皆さん「遺言書」という言葉を一度は聞いたことがあると思います。しかし、イメージはあっても、「遺言書」が何か?と聞かれると正確に答えられる方は少ないと思います。
「遺言書」とは、一般的には残された遺族の方に向けたメッセージとしての意味合いで使われているかもしれません。しかし、この意味合いで使うのは「遺書」とう言葉になります。では、「遺言」と「遺書」の違いはなんでしょうか。この二つの違いは、法的効力があるかないかです。
遺書と遺言書の違い
「遺書」は、遺族の方に向けたメッセージで法的効力はありません。一方、遺言書は、法的効力をもつ公式な書類です。この遺言書に記載されているのが「遺言」です。
遺言は、自分が生涯をかけて築き、かつ守ってきた大切な財産を、最も有効・有意義に活用してもらうために行う、遺言者(亡くなった方)の意思表示です。遺言がないことによって相続財産について争いが生じることがとても多いです。遺言は、そういった争いを未然に防ぐためにも大事です。
しかし、遺言だったらなんでも良いというわけではありません。そこでこの遺言が示されている遺言書がどのような場面で必要になるかを理解することが大事になります。
①妻(配偶者)に全財産を遺したい
相続人として妻と子供がいる場合、妻には法定相続分として2分の1があります。ただ、子供たちが将来しっかり妻の面倒をみてくれるかといった心配があります。そこでこういった場合には、遺言によって妻に全財産を相続させることができます。
しかし、子供達には遺留分があります。「遺留分」とは、一定範囲の法定相続人に認められる最低限の遺産取得割合です。例えば、今回のように妻だけに全ての財産を相続させるような場合に他の法定相続人が遺留分を請求することができるのが遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)です。したがって、遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)をされた場合には、全財産を相続した妻は遺留分を返さなければなりません。そこで、子供たちへの希望として、遺留分の主張をしないように遺言書に書き添えておくとよいでしょう。
➁妻に配偶者居住権を設定したい
「配偶者居住権」とは、相続が発生する前から妻が住んでいた被相続人所有の建物は、妻が建物の権利を相続しなかったとしても、妻はずっと住むことができる権利です。妻に配偶者居住権を設定する場合には、遺言で妻に配偶者居住権を遺贈することで配偶者居住権を設定することができます。
「遺贈」とは、遺言によって相続財産の全部または一部を譲り渡すことをいいます。したがって、遺言書に「その建物を妻に遺贈する旨」を記載する必要があります。もっとも、その遺言で妻が配偶者居住権を取得するためには、相続開始時にもその建物に妻が居住していなければいけません。
③両親に財産を多く遺したい
相続人が妻と親の場合に、相続分を指定しないと法定相続分に従って妻に3分の2、親に3分の1という割合で遺産が振り分けられます。もし、親に法定相続分以上の財産を遺したい場合には、遺言で法定相続分を超える相続分を指定することができます。
ただし、妻に全財産を遺す場合と同様に、妻の遺留分が侵害された場合、妻が遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)を行使してくる可能性があります。そこで、遺言者は、遺言書に親に財産を遺そうとした事情や感謝の気持ちなどをつづり、妻が遺留減殺請求を行使しないように配慮した方がよいでしょう。
④兄弟姉妹に財産を多く遺したい
被相続人に子がおらず、親がすでに亡くなっている場合には、兄弟姉妹が被相続人の相続人となります。配偶者(妻または夫)がいる場合の兄弟姉妹の法定相続分は4分1ですので、法定相続分に従うとほとんどの遺産は配偶者に相続されることになります。
しかし、被相続人によっては兄弟姉妹にもっと多くの財産を遺しておきたいと思うこともあるでしょう。その場合、遺言書を作成することで兄弟姉妹に法定相続分を超える財産を遺すことが可能です。
もっとも、妻に全財産を相続させる場合と同様に、配偶者には遺留分2分1がありますので、遺留分減殺請求を行使されないように配慮した方がよいでしょう。
⑤親のいない孫に財産を遺したい
父が死亡したがそれより前に長男が死亡しており、母と次男、それから長男の子(被相続人の孫)が残されたという場合です。この場合、孫は自分の親つまり被相続人の子(長男)に代わって代襲相続することができます。
「代襲相続」とは、被相続人よりも先に相続人が亡くなっている場合に、被相続人から見て孫などが相続財産を受け継ぐことをいいます。孫は代襲相続人なので「相続させる」旨の記載がされていれば、問題なく相続することができます。仮に、孫が、未成年者の場合、親権者である長男の妻が孫の財産管理を行います。
なお、孫の親権者のことが信用ならない場合には、遺言で第三者を財産管理人に指定することができます。そうすれば、親権者は財産の管理に関与することができなくなります。
⑥未成年の子供に財産を遺したい
相続人となるのが未成年の子と妻の場合には、妻と子の間で被相続人の財産を分割することになります。
このとき、妻に多くの財産を分割すれば子の遺産が減るという関係が生じますので、妻と子の利害関係が衝突します。そのため、妻と未成年の子との間で遺産分割をする際には、子のために特別代理人を選任しなければなりません。「特別代理人」とは、親権者である父又母が、その子との間でお互いに利益が相反する行為をするには、子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならず、この請求によって選任された者をいいます。
しかし、遺言書に遺産分割の方法を遺しておけば、その記載の通りに遺産を分割する限り、妻と子の利害関係は衝突しないので、特別代理人の選任が不要となります。
⑦甥や姪に財産を遺した
被相続人に子や孫、父母や祖父母などもいないという場合には、兄弟姉妹が配偶者と共に相続人となります。
兄弟姉妹の子である甥や姪には、原則として相続権はありません。甥や姪が相続できるのは代襲相続できる場合に限られてきます。しかし、兄弟姉妹に相続させるのではなく、直接甥や姪に遺産を譲り渡したい場合には、遺贈によって遺産を分け与えることができます。兄弟姉妹に遺留分はありませんので、遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)を行使されることはありません。
⑧養子に出した子に財産を遺したい
子を養子に出した場合、養子には実父母と養父母の2組の父母がいることになります。養子には、普通養子と特別養子の2種類があります。「普通養子」とは、血の繋がった実の親との親子関係を残したまま、養親と新しく養子縁組を行うことです。
「特別養子」は、養子縁組の日から子としての身分を取得する点は普通養子と同じですが、この時点で実の親との親子関係がなくなってしまうことが特徴です。普通養子の場合は、遺言に記載しなくても問題なく実父母の財産を養子に相続させることができるのですが、特別養子の場合には、遺言に記載しないと養子に出した子に財産を遺すことができないので注意しなければいけません。
⑨親の後妻に財産を遺したい
親の後妻は、遺言者と養子縁組をしていなければ、血縁関係もなく、法律上の親子関係もありません。
しかし、法律上の親子関係がないだけで、事実上親として面倒をみてもらい、財産を譲りたい場合もあります。そこで、遺留分を有する相続人がいる場合、血縁関係のない親の後妻に遺贈する理由を明記しておいた方が争いを防止できるのでしょう。遺言者の親の再婚相手には遺言者の財産を受け取る権利がありませんので「遺贈する」旨を明記します。
相続人以外の者に遺贈する場合には、遺言執行者を選任しておく必要があります。遺言執行者とは、各相続人の代表として遺言の内容を実現するために必要な手続きをする人のことをいいます。遺言執行者が指定されていなければ、登記申請や預貯金の解約の際に、相続人全員の協力が必要になり、非協力的な相続人がいると手続きが円滑に進まなくなるからです。
⑩生前世話になった人にも財産を遺したい
例えば、被相続人が、生前に娘の夫に世話になっており、娘の夫に財産を遺したいといった場合があります。被相続人と娘の夫とは、法律上親子関係にありませんから、遺産を相続させることはできません。
ただし、献身的に介護してくれた娘の夫に財産を遺してあげたい場合もあります。このような場合には、遺贈という形で財産を譲ることができます。どの財産を与えるのかを遺言書で明らかにしておくとよいでしょう。
なお、遺言とは関係ない方法ではありますが、娘の夫に財産を遺す方法として、養子縁組をすることが考えられます。娘の夫と戸籍上の親子関係を結ぶのです。養子縁組の届け出は、本人同士の同意と成人2人の証人がいればできます。
⑪廃除された者に財産を遺したい
「廃除」とは、相続人から虐待をうけたり、著しい非行が相続人にあったときに、家庭裁判所に請求して虐待などした相続人の地位をはく奪することをいいます。
相続人廃除の申立てをする主なケースは、①相続人が被相続人を虐待していた場合➁重大な犯罪行為を相続人が行い、有罪判決を受けている③被相続人の財産を相続人が不当に処分した場合④配偶者が愛人と同棲して家庭を省みないなどの不貞行為などがあります。
廃除の審判確定の後に、その相続人の素行が改まったために、廃除を取り消したいと思いが生じることもあります。相続人の廃除を取消したい場合には、いつでも廃除の取消しを家庭裁判所に申し立てることができます。遺言で取消しを求めることも可能です。家庭裁判所により排除が取り消されると、相続権は元に戻ります。排除の取り消しについては、特別の理由は必要ありません。
⑫戸籍上の妻とは別に内縁の妻に財産を遺したい
「内縁」とは、事実上は婚姻関係にあるものの、婚姻届が未提出であるために、法律上では配偶者として認められていない関係をいいます。配偶者は、常に相続人となりますが、内縁の妻は法律上の配偶者ではありませんので相続権がありません。どれだけ事実上の婚姻関係があっても、戸籍上の配偶者でない限り、相続権は一切認められません。
しかし、本妻とは別居中で事実上婚姻関係が破綻している場合には、自分の遺産、特に一緒に居住している土地・建物は内縁の妻に譲りたいということもあります。そのようなときは、遺言で土地・建物を遺贈すると良いでしょう。
もっとも、配偶者には遺留分がありますので、遺留分を超える遺贈は、配偶者から返還を求められる可能性があります。本妻とは、事実上、婚姻関係が破綻しているとはいえ、遺言で遺留分減殺請求を行使しないように記載してもそれは難しいかもしれません。
まとめ
今回は、特定の者に財産を遺したい代表的な場面を見てきました。一言で相続といっても、各家庭関係・財産状況等多くの複雑な事情がありますので一律にこのやり方がよいと断言することは難しいでしょう。しかし、言葉の意味や制度を少し理解しているだけでも全く違います。また、相続は、多くの利害関係人が関与し、争いが生じることが多いのも事実です。そこで未然に争いを防ぎつつ、全員が納得できる相続になるように行政書士などの専門家にサポートしてもらうのがよいかもしれません。
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