限定承認|相続の方法【行政書士執筆】

相続は、とても複雑で多くの手続きがあります。
例えば、死亡届や葬式の準備、口座解約のための金融機関とのやり取り等全てを挙げようとしたら気が遠くなってしまうかもしれません。
しかし、相続は被相続人に関する手続きだけをすればよいわけではありません。
今回は、状況に応じて相続人がしなければならない、またはすべきではない相続の方法を見ていきます。
相続の方法
相続というと被相続人の家やお金を引きつぐことをイメージする方が一般的かもしれません。
しかし、被相続人の有していたものが不動産や預金などのプラスの財産だけとは限りません。被相続人が借金などの債務というマイナスの財産を負担していたということもあります。そういった場合に全ての財産を相続しようとするとマイナスの財産も相続しなければなりません。つまり、被相続人の借金を背負うことになってしまうことがあります。
相続人がこのマイナスの財産を放棄できず、すべての財産を相続しなければいけないのならば相続人にとっては非常に酷です。
そこで、相続人を保護するために民法は相続人が自らの意思によって相続の方法を選ぶことができるよう規定しています。その方法には大きく分けて3つの方法があります。①単純承認、➁限定承認③、相続放棄の3つです。
限定承認
限定承認とは
ここでは2つ目の相続の方法である「限定承認」をみていきましょう。
限定承認とは、相続財産のうち相続したプラスの財産の限度において、被相続人の借金などのマイナスの財産を相続することをいいます。
具体的には、被相続人が5,000万円の借金と500万円の土地を持っていたとします。この場合に単純承認してしまうと全ての財産を相続することになってしまい、結果として4,500万円の借金が残ってしまうだけになってしまいます。
しかし、限定承認をすると、500万円の土地というプラスの財産の限度で5,000万円のうち500万円の借金のみのマイナスの財産を相続することになります。
結局手元に何か財産が残るわけではないので、意味がない行為にも思えるかもしれません。
しかし、仮に、この土地が被相続人と相続人との思い出の土地で相続人としてはどうしても手放したくないという事情があるとします。
そういったときは、限定承認をすることによって500万円の借金と500万円の土地を相続し、借金500万円を返済することによって思い出の土地を他人に引き渡すことなく相続することができます。
限定承認の利用状況
限定承認は、相続財産がプラスの財産とマイナスの財産のどちらが多いかわからない場合やマイナスの財産の方が多い場合に有効な手段で一見便利な制度といえます。
しかし、定まった期限内に相続人全員で申述手続きをしなければいけないなど、その後の手続きの複雑さから、実はそんなに利用されていないのが現状です。
実際に、別の相続の方法の相続放棄は年間20万件近くあるのに対して、限定承認の申述・受理件数は1年で1,000件を超えたことがありません。
この数字が後述する限定承認の利用しづらさを物語っています。
また、税務上の手続きも単純承認よりも複雑なのでとても苦労します。
限定承認のメリット
①債務を相続しなくてもよい
限定承認のメリットとしては、相続財産を超える債務を相続しなくてよいという点が最初に挙げられます。
例えば、相続財産のうちプラスの財産の預金500万円があり、マイナスの財産の借金が5,000万円ある場合に、限定承認をすると預金500万円を相続すると共にその限度内の借金500万円を相続することになります。
最終的に相続人の元に財産は何も残らず0円だとしても、債権者の中に親族や親しい人がいた場合には、相続放棄をして一切の債務を拒絶し全く返済されることがないという結果よりも、債権者である親族や親しい人に返済される金額が多くなり相続放棄を選択するよりも関係の維持ができる場合があります。
➁特定の財産を相続することができる
特定の財産である不動産を限定承認で相続した場合に、不動産相当額の借金を返済すれば不動産を相続することが可能です。単純承認をするとマイナスの財産の方が多い場合だとマイナスの財産しか残らないことになりますし、相続放棄をすると全ての相続財産を手放さなければいけなくなります。
しかし、限定承認であれば返済する必要のある借金を抑え、不動産を相続することができます。ただし、不動産相当額の借金を返済できなければ不動産を売却するしかなく手元に残すことはできません。
③後から発見された財産も相続できる
仮に、限定承認をせず相続放棄をした場合に、後からプラスの財産が発見されたとしても相続することはできません。一方、限定承認であれば後から発見されたプラスの財産も相続することができます。
④先買権(さきがいけん)が利用できる
限定承認を行った場合には「先買権」という制度が利用でき、不動産などの特定の財産を取得した場合に、家庭裁判所が選任した鑑定人が特定の財産を評価した額を相続人が支払うことができれば、この特定の財産を取得することができるようになります。
限定承認のデメリット
①相続人全員の同意が必要
限定承認のデメリットとして最初に挙げられるのは、単独ですることはできず相続人全員で手続きしなければいけない点です。仮に、相続人うちたった一人でも反対する人がいた場合は限定承認を行うことができません。残りの相続の方法である単純承認か相続放棄を選ぶしかありません。
➁後々の手続きが複雑
限定承認の申述をしたらそれで全ての手続きが終わるわけではありません。その後に、裁判所の手続きで債務を清算する必要があります。
相続放棄の場合は、家庭裁判所に対する申述が終われば、相続放棄の手続きはほとんど終わり家庭裁判所からの照会や相続放棄の申述の受理通知を待つことになりますが、限定承認の場合は、申述後に相続債権者と受遺者への清算手続きをしなければなりません。
③税務上の負担が増える
限定承認を行うとプラスの財産とマイナスの財産全てを相続するわけではないので「相続開始の日に被相続人から相続人に相続財産が時価で売られた」という扱いになってしまい、「みなし譲渡所得税(譲渡によって利益が出たものと同じ扱いになることによってかけられる所得税)」がかかってしまいます。
また、相続の開始を知った日の翌日から4ヵ月以内に準確定申告を行う必要があり、単純承認よりも手続きが面倒です。
限定承認の申立て方法
限定承認の申立てとして、家庭裁判所に「限定承認の申述」を行います。
そして、家庭裁判所が要件を満たしていると判断すれば「限定承認申述受理」の審判が下されます。
限定承認の申述するための細かい方法を見ていきましょう。
①申述人
限定承認は相続人全員が共同して申述を行います。
つまり、相続人全員が限定承認をすることに合意をしていなければ、申述手続きはできないのです。なお、相続放棄をした人は、相続人ではなかったとみなされるので、その場合には、相続放棄をした人以外の相続人全員での申述となります。
➁申述期間
限定承認を行う際には、相続の方法を選ぶことができる期間が民法915条で決まっていることに気をつけてください。この期間を「熟慮期間」といいます。
いつまでもどの方法で相続するかを決めずにいてしまうと法的安定性を害し、他の利害関係人に悪影響を及ぼす可能性があるためです。
熟慮期間がいつの期間かというと具体的には、相続(被相続人が亡くなったこと)を知った時から3ヵ月以内です。
気をつけなければならないのは、相続開始時ではなく、相続開始(被相続人が亡くなったこと)を知ったときから3ヵ月です。
また、一度相続の方法を決めてしまうとたとえ熟慮期間中だとしても撤回することはできません。
したがって、相続の方法を選ぶ際には、しっかり財産を確認したうえで判断する必要あります。
熟慮期間は、家庭裁判所において延長することもできます。例えば、借金や膨大な相続財産の調査に時間がかかる場合などに延長することができます。
③申述先
被相続人の最後の住所(相続開始地)を管轄する家庭裁判所です。
④申述に必要な費用
収入印紙が相続人1人につき800円分必要になります。
例えば、相続人が5人いる場合は、4,000円分の収入印紙が必要になります。
また、連絡用の郵便切手も必要になります。こちらの郵便切手は裁判所によって異なるため、詳しくは申述先の家庭裁判所にお問い合わせください。
⑤申述に必要な書類
必ず必要な書類
- 限定承認の申述書
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製戸籍)謄本
- 被相続人の住民票(除票)又は戸籍附票
- 申述人全員の戸籍謄本
- 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している方がいる場合、その子の(及びその代襲者)の出生時から死亡時までの全ての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
申述人が被相続人の(配偶者と)父母・祖父母等(直系尊属)(第二順位相続人)の場合に必要な書類
被相続人の直系尊属に死亡している方(相続人と同じ代及び下の代の直系尊属に限る)がいる場合は、
- その直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
述人が被相続人の配偶者のみの場合、又は被相続人の(配偶者と)兄弟姉妹及びその代襲者(甥、姪)(第三順相続人)の場合
- 被相続人の父母の出生時から死亡時までの全ての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
被相続人の兄弟姉妹で死亡している方がいる場合
- その兄弟姉妹の出生時から死亡時までの全ての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
代襲者としての甥、姪で死亡している方がいる場合
- その甥又は姪の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
限定承認申述が受理された後の手続き
限定承認は、限定承認の申述を行って受理されたら手続き終了ではありません。
限定承認の申述が受理されると、相続財産の清算手続きを始めることになります。
相続人が1人しかいない場合はその人が限定承認者となり、相続人が複数いる場合には申述受理と同時に家庭裁判所から選任された相続財産管理人という管理者が代表して、相続財産の清算手続を行います。
最初に行うことは、被相続人の債権者に対する保護手続きです。
清算手続きは大きく2つのステップにわかれます。
①公告
限定承認者は受理審判後5日以内に、相続財産管理人が選任された場合は10日以内に、官報で「限定承認をしたこと及び債権の請求をすべき旨」の公告手続きをします。
これは、債権者と受遺者に対して「権利がある場合は申し出てください」と政府がだしている機関紙を通じて知らせることをいいます。
申出の期間は2ヵ月以上必要で、公告時に把握している債権者に関しては、別途請求申出の催告を個別にしなければいけません。
➁相続財産の売却
官報で公告していた申出期間が過ぎたら、最初に先取特権や抵当権など優先的に弁済を受けることができる権利を持っている権利者に弁済します。
その次に、官報を見て申し出た債権者に弁済することになります。相続財産で全債務を完済できない場合は債務額の割合に応じて弁済します。
債権者への弁済が終わってなお、相続財産が余っている場合には受遺者に弁済します。
受遺者に弁済してもなお、相続財産が余っている場合には官報で公告していた申し出がなかった債権者や受遺者にも弁済します。
最後に全ての債務を弁済して残った相続財産は限定承認をした相続人が受け取ることができます。
まとめ
今回は限定承認についてみていきました。
限定承認があまり利用されない原因がお分かりになったのではないでしょうか。
このように手続きの複雑なうえに労力もとてもかかってしまいます。そもそも限定承認をすべきなのか相続の方法を選択することから判断が難しいのがほとんどです。限定承認をという相続の方法を選択するのならなおさらです。
後々取り返しのつかない相続にならないように早い段階での専門家への相談は欠かせません。
相続に精通した行政書士などの専門家にしっかりサポートしてもらって納得にいく相続にしましょう。
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