相続登記が義務になるって本当?所有者不明土地・空き家問題、相続登記の現状と登記しないことのデメリット【行政書士執筆】
不動産の相続登記を義務化するために政府は2020年の秋の臨時国会に法案を提出する予定です。相続登記が義務化された場合に相続手続きにどのような影響が出るのでしょうか。
この記事では現在検討されている情報をもとに相続登記の義務化について、相続登記の現状や相続登記が進まない理由、そして相続登記をおこなわないことのデメリットなどについて解説していきます。
相続登記とは
相続登記とは、不動産の所有者が亡くなった場合に、その不動産の登記名義を被相続人(亡くなった方)から相続人へ名義の変更を行なうことをいいます。すなわち、被相続人名義から相続人名義へ登記申請することによって、所有者が変わるということです。
相続登記は義務化するの?
不動産を購入した際には不動産登記をしなければ他の者に対して、不動産の所有権を主張することはできません(民法177条)。しかし、現行法では相続で不動産を譲り受けた場合には不動産登記をすることなく他の者に所有権を主張することができます。すなわち、相続登記をしなくても不動産の所有権を第三者に対して対抗できるということです。
相続登記は相続税の申告など、他の相続手続とは異なり、法律上の期限を決められていません。よって、相続登記をせずに放置していても国から罰を受けることもありません。他方で、近年政府は相続を原因とした不動産の所有権の移転についても不動産登記の義務化を検討しています。
登記していない不動産が多い理由
平成29年の法務省の調査によると、最後の登記から50年以上が経過している土地は大都市で6.6%(宅地に限ると5.4%)、中小都市などで26.6%(田畑で23.4%)あります。多くは登記簿上の名義人がすでに死亡し、そのままになっている可能性があります。その理由の一つは、相続登記に法的な義務がないことです。先ほども紹介した通り、すぐに名義を変えないからといって、直ちに遺族に何か不都合があるわけではありません。また、相続登記の手続きが煩雑なことも要因です。自力でするのは難しく、司法書士に頼めば報酬を払う必要があります。登録免許税もかかり、面倒だからと放置しがちです。
さらに、年月が経過するとさらに厄介なことになります。相続登記の申請には通常、ある重要な書類の添付が必要です。故人の土地を誰が引き継ぐかを確定するための「遺産分割協議書」です。遺言書が残されていない場合には相続登記をする際に遺産分割協議書が必要です。遺産分割協議書を作る際は「すべての法定相続人」が話し合って署名し、実印を押さなければなりません。年月が経過すると親族の範囲は広がり、法定相続人の数はどんどん増えていってしまいます。相続登記を放置してきた結果、100人を超える事例も存在します。このような状況では遺産分割協議書を作成し直して相続登記をしようにも手遅れです。
他にも理由はあります。固定資産税などを払いたくないために、意識的に相続登記をしないケースが地方を中心に多く見られています。固定資産税や、建物管理費などの支払いは多くの場合、登記簿上の名義人が求められます。このことが義務でない相続登記をしない要因の一つになっています。
登記をしないデメリット
不動産の相続登記をすることは義務ではないですが、登記をしないことによって相続人にデメリットが生じる場合があります。
登記をしないと不動産を売却できない
不動産に関する権利は、民法により登記をしていなければ第三者に対してその権利を主張(対抗)できないことになっています(民法177条)。相続不動産を売却する場合、相続人は自らが所有者であることを買主に対して主張できなければなりませんから、登記簿上の所有者になっておく必要があります。また、不動産の登記は実態に即した形になっていなければならず、被相続人から買主へ直接所有権移転登記をすることはできません。つまり相続不動産を売却する場合には、その前提として相続登記をしてその不動産の所有者になる必要があります。
なお、不動産の相続登記をしていない場合には、その不動産には担保をつけることもできません。不動産に担保を設定する場合にもその前提として、その不動産の所有者になる必要があります。いずれ不動産の売却または担保の設定をしようと考えている場合には相続をした段階で他の手続きと一緒に不動産登記をしてしまうことをおすすめします。
相続関係が複雑になる
相続登記をしないで放置しておくと相続関係や相続登記に関する手続きが複雑になってしまう可能性があります。相続が始まった時点で相続財産である不動産は相続人の間で法定相続分に応じて共有されている状態になります。そして相続登記をしない間に、その不動産を共有している相続人の誰かが亡くなった場合には、亡くなった方の共有持分はさらにその相続人の共有になります。
よって、この不動産の相続登記をするための手続が複雑になってしまいます。自分の子供や孫の代に複雑な不動産登記の手続きを残さないためには早めに相続登記をすることが大切です。
差押えを受ける可能性
相続人のなかに借金がある者がいて、その支払いが滞っている場合、債権者に不動産の相続持分を差し押さえられてしまうかもしれません。不動産は遺産分割協議が終わるまで、共同相続人が法定相続割合に応じて共有している状態になります。債権者は借金がある相続人の法定相続分(不動産の持分)を差し押さえることができます。
遺産分割協議が終わっていた場合でも相続登記を済ませていなければ、相続人は差押えをした債権者に対して不動産が自分のものだと主張することはできません。民法909条で遺産分割の効力は第三者の権利を侵害できないと定められているからです。
このような差押えが適法なものであれば、最終的に遺産分割協議などで不動産のすべてを取得したい共同相続人の一人は、差押えをする債権者に対して他の相続人の借金を肩代わりして差押えを解いてもらう必要があるでしょう。
なぜ義務化が検討されているのか?
相続登記が義務化される背景には所有者不明土地問題と空き家問題があると言われています。所有者不明土地問題とは、相続登記がなされないまま何度も相続が起きてしまい、誰が相続人になっているのかわからないという問題です。
空き家問題とは、相続登記をしないことによって被相続人名義の空き家が増えているという問題です。どちらも所有者が明らかでないという点で不動産の有効活用を妨げる要因になっています。
所有者不明土地問題
政府が相続の際の不動産登記の義務化の検討を始めたきっかけは東日本大震災です。特に、津波の影響で所有者不明の土地が生まれてしまったことが大きな要因です。津波の被害に遭った土地の不動産登記を確認しても、登記簿に記載されている所有者が何十年も前に亡くなっていて、誰に相続されたのかがわからないという事案が頻発したのです。
この問題は相続を原因とした不動産登記が義務化されていないことが原因で起きてしまいました。そして所有者不明の土地は東日本大震災後の復興事業で用地買収の妨げとなりました。民間有識者の研究会の2016年の推計では、所有者不明の土地は全国で約410万ヘクタールに上り、2040年には北海道本島に匹敵する約720万ヘクタールに広がる計算です。
民間の有識者間で組織された「所有者不明土地問題研究会」による最終報告のデータによれば、将来的な経済的損失試算結果として対策を講じないまま2040年になれば、 経済損失額は累計で少なくとも約6兆円になるという結果が出ています。これには、さすがに政府も動かざるを得ない規模の金額だったということです。
空き家問題
防災、衛生、景観の面から社会問題となっている空き家ですが、その原因の一つが、相続登記が義務ではないということです。総務省の調査によると、2018年10月1日現在の日本の空き家数は約849万戸で前回の調査結果と比べると増加傾向にあります。この空き家を有効活用しようとした際に、土地の所有者が登記簿上から確認することができず、上手く使えていない状況があります。
これは相続登記が義務ではないために、相続登記をせず被相続人が所有者として記録されたままであることが一つの原因となっています。不動産登記簿を見るだけでは記載されている所有権者が亡くなっていることはわかりませんので、その不動産を相続した所有者を探さなければならなくなります。このような問題を解決することが相続登記を義務化にする一つの目的です。
改正法の内容
現在予定されている法案の内容はどのようになっているのでしょうか。2020年7月現在で、法制審議会などで検討されている内容をもとに解説していきます。
相続登記の義務化
ここまで解説してきた通り、相続登記の義務化が今回の改正のメインとなります。相続登記を義務化することに合わせて相続登記をしやすくするための方策についても検討がされています。また、法務局が他の行政機関から死亡情報を取得して不動産登記情報の更新を図ることも検討されています。
相続登記を行わなければならない期間については、まだ意見がまとまっていないようです。ただ、死亡届などとは異なり7日以内や14日以内ということはなく、おそらく年単位になるでしょう。
遺産分割の期間制限
現行法では遺産分割に期間制限はありません。他方で遺言がある場合を除いて相続登記を申請するためには遺産分割協議書の提出が必要です。遺産分割がされないために相続登記が行われないという事例も多く存在します。
このことから遺産分割を促進するために、遺産分割に期間制限を設けることが検討されています。遺産分割の期間制限を設けることは、遺産分割協議書の作成などの相続手続きに影響を及ぼす可能性があるので注意が必要です。
土地所有権の放棄
土地所有権の放棄をしたいという考えが広まりつつありますが、土地所有権の放棄については法律に規定がありません。このことから、新しい法案では土地の所有権を放棄するための要件や効果。その所有権の帰属先などの検討が行われています。
登記費用の減免
相続登記をしない理由の一つに登録免許税や司法書士に払う報酬が高いというものがあります。それを踏まえて、登録免許税などの税制上の優遇措置や登記手続きの専門家である司法書士に依頼するための費用の補助などの施策について検討がなされています。
罰則の設定
現在は相続登記をしない場合に罰則を受けることはありません。しかし今回の改正案では、相続登記をしない場合の罰則を設けて登記申請を促すという意見も出てきています。
検討されている罰則の内容は「過料」という種類のものです。「過料」は「罰金」とは異なり刑罰ではないため、それを受けたからといって前科者にはなりません。「過料」とは行政上の軽い義務違反に対して行われるもので行政によって課される制裁です。
施行時期
この法案は2020年の秋に行われる予定の臨時国会で提出され成立する予定です。成立したからといってその時点からすぐに法律が適用されて相続登記が義務化されるというわけではありません。
新しい法律を適用させるためには国民に対する十分な周知期間が必要になりますので、通常は2年後に施行されることが多いです。今回の法案は通常より早く施行されることが予想されますが、早くても2021年に施行されることはないでしょう。
まとめ
ここまで、不動産の相続登記の義務化に向けた法律の制定について現状の調査結果などを用いて解説してきました。相続登記の義務化に向けた法律案はまだ確定しているわけではありませんが、決まってきている部分も増えてきました。他方で、法律で義務化されなくても、不動産の売却や担保の設定、相続関係を複雑にしないためにも不動産の相続登記はした方が良いでしょう。
また、相続登記の義務化以外の部分でも遺産分割の期間制限を設けることなどは相続手続きに大きな影響を与えると考えられます。このような相続手続きに関する法律の最新情報については、司法書士や行政書士などの専門家に依頼することで適切に対応することができるかと思いますので、専門家に頼ることもおすすめです。
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